言葉は呪となる

独り言:

 

 

雪ノ下のブログは主に煎茶道奮闘記と着物と自身のアート活動についてを中心に投稿しようと思っておりましたが、そういやアロマ好きやな、中国茶好きやな、時々子宮内膜症の症状あるなと思い立ち、あとはフラッと立ち寄るオモシロスポットがあればついつい書いてしまうダラダラブログとなりました。

 

 

今ふと考えていることは、「言葉は呪となって縛る。」という考え。

これは陰陽師の映画か小説かドラマで出てきたセリフだったと思うのですが。

 

たしかに言葉は「言霊」となり、現実化するよとか引き寄せるよとか聞いたことがありますね。

 

私が見た陰陽師では名前はこの世で一番短い呪、と言われていたような。記憶違いかしら。

言葉やら名前やらには力が宿る。よく「人は名前の通りの人物になってるよね。」と聞きます。または人物よりも人の肩書きやらの方に注目しがちですが、これも呪だよな〜。

 

確か陰陽師の小説とかドラマに触れて、「気をつけて。」という声かけは結構強い呪だなと思ったことがあります。よく「気をつけて」と言われるので。自分自身はぼーっとしていても他人からその言葉を言ってもらって、意識を改めることもあるし、気にせず全く気をつける意識がなくてもその言葉に守られていたんだよなーという感覚です。

 

だから気をつけてって意識して使うようにしていたんですが最近忘れてる(-_-)

 

その他にも言葉で相手を守るんだって想像すると、かける呪もどういうのがいいか考えます。心を込めて呪をかけると頑丈になりそう、でも言葉に力を込めるって疲れるから実はそんなにできてないかもね。ありがとうとかごめんなさいとか雑に言っちゃってる。

 

 

あとは自分自身へ呪をかけている場合がありますな。これから自分はAになるかBになるかわかんない時、Aになるって言葉で呟いているとだいたいそっちになるよね。自己卑下や自虐ネタというのも強い呪だよな〜。日本人なら習慣化してるんじゃないか。

 

自分自身への呪…みんなに言われて呪をかけられたと思っていても、それを自分で復唱して自分の言葉で自分に呪をかけていることがありますな。他人からかけられる呪は案外すぐ解けるんだけども。

 

言葉が呪になって相手を守ったり、縛ったり、従えさせたり、はたまた自分を大きくしたり小さくしたり、醜くしたり、いろんなことに使えます。

「呪」だと思えば自分の口も威力のあるものだと思えるし、言葉を大切にできそうです。