映画「パラサイト 半地下の家族」を観たら切ないような孤独感に襲われた

地上波で韓国映画の伝説「パラサイト 半地下の家族」を観ました。

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韓国語ってあまりお口を動かさないで喋るのか、日本語の吹き替えとあまり合ってない。

(そのうち慣れますし、衝撃的な展開を見せるので引き込まれて気にならなくなります。)

 

いい気持ちになれる映画ではないですが、なんだかこれからの日本を示唆しているような気もします。

心の四隅をずっと箒ではかれているような切ない気持ちになります。凄い切ない。本当に切ないのか、もしかしたらこれは孤独感なのか絶望感なのかわからないです。

 

お金持ちの人はそれはそれでいいけど、他者に関心は持ってほしい。他者に無関心だと優越感がそのままむき出しになるよ。隠せない。

 

貧富の差は全くなくなることはないかもしれないが、心に格差があることが悲しいですね。貧乏の人と同じ土俵にはいたくないのに貧乏人の臭いは一線を越えてくる。それが不快であったり、不信であったりするんですね。

とても悲しい気持ちになる映画でした。それと同時にとにかく地球上の人が幸せになってほしいと願われます。幸せでなくても少しでも楽になってほしいと思わずにはいられない。おこがましいのですが、みんなで一緒にそういう方向へいきたいです。

そのためには「計画」することは大切。計画って思考することですから、考えることを諦めないで「計画」が失敗しても自暴自棄になっては感覚だけで動いてしまう。

無計画で感覚や本能に従って、行き当たりばったりに生きて何も悪いことはないけど、それでは未来が描けないのなだなぁと映画を観て思いました。

 

 

これからコロナウイルスのせいで考え方や生活の違いで分断がおきそう。助け合うどころかもう価値観違う人とは関われないほど分断しそう。

余裕がないと、分断が修復される時に暴力が起きる気がする。

それと嘘をついたり騙したりするのは本当によくないと思いますねー。

嘘が嘘を呼んでこんがらがって最悪の方向へいくのはよくある話だ。

 

私は言葉で気持ちを伝えるって苦手ですわ〜。年々下手になる。このしんどい感動を言葉でよう言えんです。でも思わず書いてしまった。3年後の日本でこういうことがあってほしくないと思いました。

 

ネタバレになりますがこの物語には死人も出ます。

ちょっと良かったところは、女性の優しさが一瞬描かれていました。「家族」の中の妹が騒動があった相手に対して歩み寄ろうとするところがありました。母親も同調して食べ物を持っていこうとする。

 

男性はなになにだ。女性はなになにだと言えないけど、地球に女性がいて良かったと思えました。女性は相手を気遣うし想像力を働かせるし話し合おうとする慈悲の心がある。(だいたいね)男性にはないと言ってるわけではないですが、他人への気遣い方、心配の仕方が女性の中でよくみられる仕草だなと思いました。

 

でも「たすけて」は同じ思いを経験した人にしか伝わらない。それがわかってしまって悲しい気持ちになりました。たすけてって言っても自己責任論と他人事でかき消される社会になっていくんだろうか。

そうなってはいけないなーと思います。